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| 象印マホービン株式会社 |
商品開発本部
第三開発部(当時)
三崎 純
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商品開発本部
第三開発部(当時)
山田 洋樹
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経営企画室(当時)
若杉 晋輔
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まず、開発に着手された経緯を教えてください。
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山田 |
きっかけは、あるお医者さんから受けたご相談でした。
96年4月、東京池袋で病気の息子さんと看病していた高齢のお母さんが亡くなられて1ヶ月後に発見されるという悲しい事件があったそうです。この事件にショックを受けた近くに住む医師
網野先生から、『日用品を利用してお年寄りの日々の生活を見守る仕組みができないか』、という相談が持ち掛けられたんです。
その時、私はまだ新入社員。部長から「こんな話があるけど何ができる?」、と言われたのが始まりです。 |
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三崎 |
その相談を受けて、炊飯ジャーと電気ポットで実験をスタートしました。97年6月のことです。網野先生らが主催するボランティアネットワークで地域のお年寄りを見守る活動が始まったんです。
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山田 |
使っていただくうちに、電気ポットが非常にいいとのご評価をいただきました。規則的に使われるので生活のパターンを把握できるとのことでした。またお年寄りにもお湯を出すたびに「元気ですよと言ってるようで安心。」と喜んでいただきました。
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若杉 |
でも、実はその当時、社内ではこれを事業化するのは困難だという空気だったんです。この頃のシステムでは、ポットとパソコンをつなぐのに電話回線を使っており、設置工事やシステムのメンテナンスが必要でした。これでは象印では運営できない、開発も中断だ、とそんな雰囲気だったんです。
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それをどのように乗り越えたのですか? |
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三崎 |
やはり、諦めきれなかったんですね。
インターネットを利用すれば、問題点は解決できるとは思っていましたので、インターネットと電気ポットをつなぐ通信手段をずっと模索していたんです。
そんな時、何気なく目に止まった新聞に、NTTドコモ製のDoPa端末の広告を見つけました。それを見て、「これだ!」と閃きました。
早速、NTTドコモ関西さんに電話でお話をすると大変興味を持っていただけました。そして、いろんな協力をしていただけるようになったんです。
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開発に当たって、苦労した点は?
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三崎 |
インターネットの通信方法を実現する通信基板は自社開発したんです。これがとにかく大変でした。これができなかったら商品化は無理でしたから必死でした。この時もタイミング良く、簡易にインターネットプロトコルが使えるようになる通信用ICが発売され、「これを使えば自分たちでも作れるぞ」、と無茶を覚悟で挑戦してみました。
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山田 |
通信機をいかに熱から守るかという点でも随分悩みましたね。同時にコンパクトにする必要もありましたから。
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三崎 |
また、目標のサービス料金を実現するためにiポットからのパケット量を抑えなければなりません。情報量を必要最小限に絞り込むと同時に、最適な通信方法を開発する必要がありました。でも、採用していた通信方法では電波の弱い地域でパケット量が増えてしまうことが開発の途中で判明しまして...。このときは、企画担当の若杉さんに随分プレッシャーをかけられました(笑)。
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若杉 |
私の方こそ、2人からのプレッシャーはきつかった。象印としては初めての、もっと言えば今まで世の中に無かった商品ですので、この時点でも事業化するかどうかの判断は難しいものでした。もしこの企画を潰してしまったら...と思うと、その時頭に浮かぶのは2人の顔。そうなったら、これは夜道を歩けないぞと(笑)。
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山田 |
(しみじみと)そうなんですよね。開発スタッフって、三崎さんと僕の2人だったんです。
2人で実験室のすみっこで地味〜に開発を進めていました。「あいつら何やっとるねん」、とはよく言われてました。
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開発の段階で印象に残っていることを教えてください。
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山田 |
期間限定でモニターを実施していただいていたところがありました。終了時に機材を引き上げに行った時、おばあさんから「無くなると寂しくなるし不安に思う。困るなぁ。」と言われました。心の支えとして役に立っていたんだなあと感じました。
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三崎 |
開発のヒントは現場にあるということですね。
モニター実験していた頃、まだ当時は電気ポットと通信機とが別々に分れていましたので、その通信機を見ておじいさんから「なんかカチカチ音がする。爆発するのと違うか。持って帰ってくれ。」、と言われたことがあります。こういったことから、新しい回線を使う方が良いと考えました。これが、無線化につながって行くわけです。やはり、使う人の立場で考えることは開発の基本だと痛感しました。
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若杉 |
私にとって一番印象に残っているのは、お会いしたおばあさんが「このポットが我が子のようにかわいいんです。」、と言ってくれたことです。これほどまで商品に愛着を持ってくれるなんて、メーカー冥利につきますよね。この時は、本当にうれしかった。
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今だから話せるようなエピソードがありましたら教えてください。
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三崎 |
いざ事業化が決まったら、「善は急げ」っていうことでサービス開始時期が3ヶ月も早まったんですね。これはきつかったです(笑)。
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山田 |
私なんか体調を崩し、点滴をうちながら開発を行っていました。
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開発者として、今後みまもりほっとラインを将来どんなふうに育てていきたいですか?
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山田 |
そうですね。電気ポットだけにとどまらず、象印の全ての電気製品に装着するだけで簡単にみまもり機能を付加することができるようにしたいです。そして象印らしい"優しさ"を全面に出したネットワークを構築したい。
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三崎 |
ご利用者や関連の皆様とのネットワークが深まって、ホームページmimamori.netが「高齢化社会の不安や困り事を取り除く商品・情報・サービス満載の情報発信基地」になったり、その窓口等に成長して行ってくれると良いですね。
もちろん、みまもりほっとラインの機能強化や今回の開発で習得した技術・ノウハウを使って次のサービス商品の開発も行っていきます。
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最後にご利用者へのメッセージを
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山田 |
今日も元気だよと思いながらお茶を飲み、今日も元気だねと思いながらメールを確認する。
この些細な安心感を提供したいと思い開発を行いました。この様な安心感を感じておられるとうれしく思います。 |
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三崎 |
サービスをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。「ご契約者からのお便り」等お客様のご意見はたいへん励みになったり、反省させていただく良い材料となります。これからも、お客様に喜んでいただけるよう、お役に立つ商品開発に頑張りたいと思います。
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若杉 |
ご利用いただいているおばあさんのお宅に伺った時のことです。お暇をしようとした時、その方は名残り惜しそうに「もう、お帰りになるんですか」と言いながら、玄関先まで出てこられました。そして、いつまでもそこで見送ってくださってたんです。あの姿は目に焼き付いて離れません。
こんな方々に日々穏やかに暮らしてほしいと願っています。「みまもりほっとライン」がお年寄りとそのご家族あるいは地域の方々とをつなぎ、安心して生活していただけるよう、私どもは今後も努力を重ねて参りたいと考えています。
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