松村桂子(74歳・主婦)
北海道新聞(2002年1月6日掲載)
給湯が利かなくなったポットの湯を手でくみ出しているのを知った息子が、通信機内蔵のポットをプレゼントしてくれた。不自由をしているからかと思ったが、本音は日ごとに老いの目立つ親の安否を把握することにあるらしい。
ポットを使った回数や時間が息子の携帯電話に送信されるので、お茶中毒を自認する私がポットを使った形跡がなければ異変を感知できるという。遠く離れている息子とポットでつながれているなんて、世の中変わったと感心してしまう。
ところで、息子は遠距離装置で私の行動が分かり安心らしいが、こちらはポットごときに監視されているので、何とも落ち着かない。いつでも温かい湯をキープしてくれる頼もしいガードマンと思えばいいのだが、このポットは仕事とはいえ、依頼主に逐一報告に及ぶので参ってしまう。
息子は使用回数が少ないと「具合でも悪いの」と言ってくる。深夜、お茶を飲みながらラジオを聴いていると、夜更かしがバレて「最後は午前三時だったぞ、体に悪いから早く寝ろよ」と小言が返ってくる。
見守り中というランプが四六時中、見張っているので文句の付けようがない。
ならば親孝行は生きているうちに受けてやろうじゃないかと、納得することにした。文明の利器を駆使する長男、階段から落ちたと知るや飛んで来て手すりをつけてくれた二男。木のぬくもりの伝わる手すりと頼もしいポットで、この冬はホットに過ごせそうだ。
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