みなさんの声/みまもり体験談
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●Vol.11 母は安らかに
iポットで一命を取りとめたのも束の間、お母様は89年の生涯を閉じました。しかし、お母様が倒れてからの16日間に、ご家族は互いに触れ合うことができました。
武藤さんの体験談をご紹介します。
2005年1月
わかりました。すぐ行きます。

「iポットは使う側の裁量範囲が大きい。そこが有り難かった」と話す武藤さんはフリーの経済ジャーナリスト。
東京都中央区の自宅兼オフィス。その朝も、武藤さんはいつものようにパソコンに向かいました。こうして長野の佐久市で暮らす母を見守るようになって1年。この時間、母は庭で採れた梅の実を食べながらお茶を飲んでいるはずです。

ところが、メールを開いてみると、今朝はお茶を飲んだ様子がありません。
「朝寝坊かな」
そう思って電話しても応答はなし。
不安を覚え、ヘルパーさんに電話をしてその日の訪問を早めてもらいました。

携帯が鳴り、ヘルパーさんからは「外から呼んでも返事がない。外出した様子もない」との報告。
「わかりました。すぐ行きます」
10時28分発の長野新幹線に飛び乗りました。

9人のお孫さんから、iポットの目録を受け取るよし子さん。米寿のお祝いの席で(2003年10月)
母の意思を尊重して
母・よし子さんは弱音を吐かない、自立心の強い人でした。
亡くなったご主人の後を継いで17年間、77歳まで車を運転してパン屋さんにイースト菌を配達しました。
その後は、散歩と草むしりの静かな毎日。
子供達の説得も聞かず、ひとり暮らしを続けました。

そんなよし子さんに、米寿のお祝いの日、お孫さん達からiポットが贈られました。
「本人の納得している生活が一番いい。もし何かあればすぐに私が行動に移そう」武藤さんはそう心に決めました。

それからというもの、武藤さんは毎日夕方に電話をするようになりました。
お天気の話、食事の話、ポットの話...
そして、昨日も「食事はちゃんとしたの」と話をしたばかりでした。

母は布団に横たわったまま

写真は母・よし子さんを囲んで親子5人、思い出の一枚です。
「何とか無事でいてほしい」
佐久平へ向かう新幹線の中で、そう願いつつも、目を閉じて最悪の事態をも覚悟します。

12時過ぎ、実家に到着。ヘルパーさん達も外で待っていてくれました。鍵を開けて一緒に家の中へ。そこで布団に寝たまま動けずにいた母を発見。声も出せず、目で何かを訴えています。
「よかった。間に合った」

病院では頻脈性不整脈の発作と診断され、脳梗塞も認められました。
千葉に住む武藤さんのお姉さん2人と妹さんも駆けつけ、医師と今後のリハビリ計画などを相談。年齢を考えると一人暮らしはもう無理だろう、今度こそ母も納得してくれるはず、と話し合いました。

「頑張ったね。でも、もうひとりで頑張らなくてもいいよ」
子供達は口々に語りかけ、母の手を握りました。

母との16日間
そんな落ち着きも束の間のことでした。
その日、母が食事を受けつけず、そのことで武藤さんが看護士さんと相談をしていた時のこと。
ふと目をやると、母の顔からスーッと血の気が引くのがわかりました
静かで、そしてあまりに突然のことでした。

それでも、母が倒れてからの16日間、その間に子供達は交代で看病することができました。調子のいい日は話もできました。そのことは本当によかったと武藤さんは考えています。

母のいなくなった家でひとり佇むと
、言いようのない寂しさを感じます。
この家で30年間ひとりで暮らした母の強さを想います
ここに武藤さんの書斎ができた時の母の喜んだ姿も思い出されます。
武藤さんはテーブルに座り、iポットのボタンを押しました。母の急須でお茶をいれます。残った梅の実をひとつ摘まみました。
この冬の終わりには、また母の庭に紅い梅の花が咲きます。
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