厳寒の北海道で
-
 「私にとって外の世界との接点。大切なポットですよ」ニコニコとおだやかに話す石田さん。 |
はずれくじもいいとこだわ...
かつて石田さんはそういって自分の人生を嘆いたこともありました。
炭坑職員だったご主人と19で結婚。
生まれ育った函館と違って、炭坑があった北海道中央部の寒さは厳しく、生活は苦しいものでした。
長男が生まれて間もなくご主人が南方戦線へ。終戦後、火事で全財産を失い、バラックで生活するころ長女が生まれました。
さらに、次男が生まれたころ、ご主人が結核で札幌に入院。再び長い離ればなれの暮らしを余儀なくされました。
その後迎えた炭坑不況。合理化事業によって福岡へ転勤することになります。
しかし、それは石田さんにとって、暖かい土地での新しい生活。
「きっとこれが転機」と胸を躍らせました。
|